エナメル質(Enamel)は、人間や哺乳類の歯の表面を覆う硬質な組織です。
エナメル質は歯の一番外側に位置し、歯冠(歯の部分の一番上部)を形成し、歯を外部からの刺激やダメージから保護します。

エナメル質の基本構造
層の構成
エナメル質は歯冠を覆う最外層の硬組織であり、象牙質を保護する役割を果たします。エナメル質の厚さは部位によって異なり、咬頭部では約2.5mmと最も厚く、歯頸部では最も薄くなります。表層部には「無柱層」と呼ばれる部分があり、結晶が歯の表面に対して垂直に配列しています。
微細構造
エナメル質の基本単位は「エナメル小柱(エナメルプリズム)」と呼ばれる柱状の構造体です。エナメル小柱はエナメル象牙境(EDJ)から歯の表面まで放射状に走行し、直径は約5〜6µmです。小柱は鍵穴型の配列をしており、互い違いに組み合わさっています。
エナメル小柱の間には「エナメル間質」が存在し、わずかに異なる方向に結晶が配列しています。エナメル小柱の走行方向が交差することで「ハンターシュレーゲル条」と呼ばれる明暗の縞模様が見られ、エナメル質の亀裂進展を抑制する効果があるとされています。
形成過程(エナメル芽細胞の役割)
エナメル質は、歯の発生過程において「エナメル芽細胞(アメロブラスト)」によって作り出されます。エナメル芽細胞は有機マトリックスを分泌し、それがハイドロキシアパタイト結晶の足場となります。エナメル芽細胞は後退しながらエナメル質を形成し、1日に約4µmの速度で成長します。
エナメル質が成熟する過程では、分泌された有機マトリックスが分解・除去され、ハイドロキシアパタイト結晶が成長し硬化します。エナメル芽細胞は歯の萌出前に消失するため、エナメル質には修復機能がなく、一度損傷すると再生できません。
エナメル質の成分
主成分(無機成分)
エナメル質の約96重量%は「ハイドロキシアパタイト(Ca₁₀(PO₄)₆(OH)₂)」で構成されており、これはカルシウムとリン酸から成る結晶です。
エナメル質中のハイドロキシアパタイト結晶は、幅約70nm、厚さ25nmの大きな結晶であり、長さは数µm以上に及びます。これらの結晶には炭酸イオンや微量のマグネシウムが取り込まれることがあり、これが溶解性に影響を与えます。
有機成分と水分
成熟したエナメル質に含まれる有機成分は重量で約1〜2%であり、残りの約2〜3%は水分です。
有機成分にはエナメリンやタフテリンといった非アメロゲニン系の糖蛋白質が含まれていますが、象牙質や骨に含まれるコラーゲンは存在しません。水分はエナメル質の微細な孔隙に存在し、結晶と結晶の間を埋める形で分布しています。
微量元素
エナメル質には、カルシウムやリン以外にも微量のフッ素、ナトリウム、塩素、カリウム、ストロンチウムなどの元素が含まれています。
特にフッ素は、ハイドロキシアパタイト中のOH⁻を置換し、フルオロアパタイトを形成することで耐酸性を向上させます。エナメル質の最表層は内部よりもフッ素濃度が高く、これは歯の成熟過程やフッ化物応用による影響と考えられています。
エナメル質の特性
硬度と耐久性
エナメル質は人体で最も硬い組織であり、モース硬度は約5、ヤング率(弾性率)は約83GPaです。これにより、高い耐摩耗性と耐久性を持ちます。
しかし、引張強度や破壊靭性は低いため、過度な力が加わると亀裂が生じることがあります。象牙質がクッションの役割を果たし、エナメル質の破折を防いでいます。
酸に対する耐性
エナメル質の主成分であるハイドロキシアパタイトは、pH5.5以下の酸性環境で溶解しやすくなります。特に炭酸イオンを多く含むエナメル質は溶解しやすい傾向にあります。
一方でフッ素の取り込みによりフルオロアパタイトが形成されると、エナメル質の臨界pHは約4.5に低下し、耐酸性が向上します。フッ化物の応用は、エナメル質の脱灰を防ぎ、再石灰化を促進する効果があります。
唾液や食品との相互作用
口腔内ではエナメル質は常に唾液や食物と接触しています。唾液は緩衝作用によって酸を中和し、カルシウムやリン酸イオンを供給してエナメル質表面の再石灰化を促します。
唾液中の糖蛋白は歯の表面に「ペリクル」と呼ばれる薄い被膜を形成し、酸からの保護に寄与します。
歯科医療での応用
フッ素応用(フッ化物塗布、フッ素入り歯磨剤など)は、エナメル質の耐酸性を向上させ、う蝕予防に有効です。また、CPP-ACP(カゼインホスホペプチド-非晶質リン酸カルシウム)を用いた製品は、エナメル質の再石灰化を促進する効果が報告されています。
さらに、ナノハイドロキシアパタイト(nHA)を配合した歯磨き剤や、エナメル質表面にレジンを浸透させる低侵襲治療(アイコン)など、新たな技術が臨床応用されています。
ナノテクノロジーやバイオマテリアルを活用したエナメル質の修復・再生技術の進展が期待されています。